今日のみ言葉【No.1001】(2015年 3月11日)
戦いの日のために馬を備える、しかし勝利は主による。
(箴言21:31)
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箴言を読むと、
「ただ主の、み旨だけが堅く立つ」
(箴言19:21)
と、神の御心だけが成る、と強調されているように見えます。
しかし、人間の努力も必要なのだと記されています。
「勤勉な人の計画は、ついにその人を豊かにする、すべて怠るものは貧しくなる。」
(箴言21:5)
当たり前のことです。
それでもやはり同じ章に、
「戦いの日のために馬を備える、しかし勝利は主による。」
(箴言21:31)
と、人間の準備以上に「勝利は主による」と述べられています。
なぜでしょうか?
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その理由の一つは、人を謙遜にするためでしょう。
自分の努力で全てが成ったと思う人は、やがて傲慢になります。
人間の努力が全てであれば、事が成らないのはその人の努力が足りないからだ、という理屈になります。
当然、人に対しては
「頑張れ!」
という叱咤激励を飛ばすことでしょう。
自分は頑張ってきて勝利を得たのですから、他人に対するアドバイスもそうなるわけです。
そして、出来なかった人に対しては、
「努力が足りない」
「創意工夫の跡がない」
としか見えません。
ですから、相手のためを思って、その点を鋭くアドバイスします。
客観的に見ればその通りなのかもしれませんが、
「私はできたんだけど、あなたはできないんだね」
という位置から言われるので、相手からすれば、
「ダメ出し」
「吊るし上げ」
としか受け取れません。
やがて周りの人たちから、
「あの人は上から目線の傲慢な人」
というレッテルが貼られ、知らないのは本人だけ、という状況になります。
そして、お山の大将は上手にあしらわれ、大事な話には蚊帳の外となっている現実は、あちらこちらで見受けられるのではないでしょうか。
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今日の聖句のように、
「戦いの日のために馬を備える」
という努力は重ねなければなりません。
しかし最終的には
「勝利は主による」
というところに立たなければなりません。
全力を尽くして準備し、後は神にゆだねる人からこそ謙遜は生まれるのです。
このような人物になら人は安心してついて行けます。
ですから謙遜な人には多くの協力者が現れるのです。
そして、それらの人々の力が合わされ、物事は成功へと向かいます。
まさに、
「自分の力で出来たのではない」
「勝利は主による」
と実感できる瞬間です。
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今日も謙遜な人となるための一日を送って参りましょう。
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