今日のみ言葉【クリスマス特別号】(2018年12月25日) 「黄金・乳香・没薬」
そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。
(マタイ2:11)
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教会の幼稚園ではクリスマスの時期、園児たちによる降誕劇が行われます。
東方から来た博士たちは3人だったとは聖書に書いてありませんが、黄金・乳香・没薬(もつやく)という3つの宝物を献上したところから3名というイメージが通っています。
黄金はわかりますが、乳香と没薬は木の樹脂で、仏式のお葬式の焼香のように焚いて良い香りを楽しみます。
昔は高価な宝物でしたが、今ならアマゾンで数百円で購入できるので、試しに買ってみました。
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さて、没薬(ミルラ)を炭火の上に落として燃やしてみると、予想外の煙の多さの中に僅かな香りが漂いました。
あれ?これはどこかでもうすでに出会ったことのある匂いだ…。
「う〜ん、これはセレモニーホールの匂いだ!」
没薬は死者の葬りの際に使われるものですが、現代日本で意外な形でつながっていることに新鮮な発見をした思いでした。
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3つの贈り物にはそれぞれ象徴された意味があります。
黄金は王を象徴します。イエス様は神の国の王ということです。
乳香の清らかな香りは神や祈りを象徴します。イエス様は神の子なのです。
そして没薬は実は死を象徴しています。十字架の贖いの死です。
すでに生まれたときからイエス様は死を運命づけられていました。
それは私たち人間も同じです。人は誰でもいつか地上の生涯の終わりが来るのです。
しかしイエス様の場合は、はっきりと「死ぬために生まれた」ということが没薬という贈り物によって明らかにされています。
クリスマスはサンタクロースが主役の楽しいお祭りの時というイメージが日本では染み渡っています。
しかし、クリスマスには
「全人類の罪の身代わりとして、受難の死を遂げるために生まれた赤子がいたのだ」
という深い意味があることを覚えたいものです。
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自分のために身代わりとなって捧げてくれた人がいる、とわかると、その愛が生きるエネルギーとなり、くすぶっている人生から完全燃焼の人生へと導かれます。
私が洗礼を受けて間もなく、静岡県の御殿場で全国的なクリスチャンの集会がありました。
かすかにあった
「行ってみようか」
という思いは、すぐに
「そんなお金はどこにある」
という思いでかき消されていました。
お金がないというのは本当に動かしがたい現実となってしばしば人生の行く道を阻みます。
ところが、私はその集会に行くことができました。
私の状況を知って、自分のために1年間貯金していたものを全額私のために捧げてくださった方がいたのです。
参加費も旅費も全部です。
当然その方は行けませんでしたし、その後も行くことはできませんでした。
その方にとってその年が最初で最後のチャンスだったのです。
しかし全部私のために捧げてくださり、
「たくさん恵まれてきて下さい」
と笑顔で私を送り出して下さいました。
私が御殿場の集会で「一言も聞き漏らすまいぞ」と真剣にメッセージを聞き、祈り、学んだことは言うまでもありません。
キリストの犠牲の愛を実地で生きて下さったその方の愛こそ、私の人生最大のクリスマスプレゼントです。
没薬に象徴される死。
ご自分の命を捧げるために生まれたイエス・キリストを知る時、私たちの残りの人生は、その愛に心打たれ、燃えて生きる人生へと進んでいくのです。
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神からの命のプレゼントを受け取るクリスマスでありますように…。
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